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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)10123号 判決 1956年9月26日

原告 平井市造

被告 岡野善太郎 外四名

主文

被告等は各自訴外東京都文京区森川町三十番地岡野婦久のために、昭和二十九年九月九日相続放棄を原因とする別紙<省略>物件目録記載の建物に対する被告等各自の十五分の二の持分の所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

原告は、被告等の亡父岡野金治郎及びその妻訴外岡野婦久が共同名義で昭和二十九年五月五日に振り出した額面金百三十八万五千円、満期同年六月四日等とした約束手形一通の所持人であつたところ、同年六月二十七日右岡野金治郎が死亡し、訴外岡野婦久及びその子被告等が共同相続人となつたので、同年七月三十日原告は右手形債権保全のため訴外婦久及び被告等に代位して別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)につき同被告及び被告等のために、東京法務局麹町出張所昭和二十九年七月三十日受付第一〇九九七号を以て同年六月二十七日の相続を原因とし、その持分を法定相続分に応じて訴外婦久十五分の五、被告等各十五分の二とする所有権取得登記手続を了した。

しかして、被告等はその後昭和二十九年九月九日東京家庭裁判所に対し相続放棄の申述をなし同裁判所に受理せられた結果本件建物に対する前記権利を取得しないこととなり訴外婦久の単独所有となつた。

一方原告と訴外岡野婦久との間には豊島簡易裁判所昭和二十九年(ノ)第四四号債務弁済協定調停事件において同年十二月七日、前記手形金債務の弁済につき、右手形債務中金百五万円を消費貸借の目的に改めその弁済期を、昭和三十年七月三十一日とし、利息は年一割二分毎月末日払とし、弁済期後の元本及び利息に対する約定損害金一ケ月二分とするほか、同訴外人は右債務の担保として原告のために本件建物につき順位二番の抵当権を設定し昭和三十年一月三十一日までにその設定登記をなすこと等を内容とする調停が成立した。

そこで、原告は右調停に基き、訴外岡野婦久に対し再三右抵当権設定登記手続の履行を求めたが、同訴外人は被告等が本件建物につき有する登記名義の移転に協力しないことを理由に右抵当権設定登記義務の履行を拒みながら、同訴外人が被告等に対しその登記名義の移転を請求すべき権利を有するにかかわらずその行使を怠つている状態である。

よつて原告は右抵当権設定登記請求権を保全するため、訴外岡野婦久に代位して、被告等に対し同訴外人のために昭和二十九年九月九日相続放棄を原因とする被告等各自の本件建物の十五分の二の持分の所有権移転登記手続をなすことを求めるため本訴に及んだ。

なお被告等の主張はすべて争う。と述べた。

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、その答弁として次のとおり述べた。

原告主張事実のうち、亡岡野金治郎が訴外婦久と共同で原告主張の日その主張のとおりの約束手形を振り出したこと、右岡野金治郎が原告主張の日死亡したこと、本件建物につき原告主張の日その主張とおりの代位登記がなされたこと、被告等が原告主張の日相続放棄をなし東京家庭裁判所において受理されたこと、原告と訴外岡野婦久との間に原告主張の日その主張のとおりの調停が成立したことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。

被告等は昭和二十九年七月三十日現在において原告から何等の債務を負担していない。

従つて当時原告は被告等に対して民法第四百二十三条の代位権を有しない。また被告等は本件不動産について相続法上何等の権利を有しない。相続登記は無効である。

既に相続登記が無効である以上その移転登記を求める原告の請求は失当である。この無効登記をなした者は原告自身であつて被告等のあずかり知らざるところである。何等協力の債務はない。と述べた。

<証拠省略>

理由

被告等の亡父岡野金治郎が訴外岡野婦久と共同で昭和二十九年五月五日原告に宛て金額金百三十八万五千円、満期同年六月四日その他要件の記載ある約束手形を振り出したこと、右岡野金治郎が同年六月二十七日死亡したこと、本件建物につき同年七月三十日訴外婦久や被告等のために同年六月二十七日相続を原因としその持分についての所有権取得の代位登記がなされたこと、被告等が同年九月九日東京家庭裁判所において相続放棄の手続を了したことはいずれも当事者間に争がない。

そうして、右事実に成立に争のない甲第一号証、同第三号証、同第四号証を綜合すると、本件建物はもと亡岡野金治郎の所有であつたが、昭和二十九年六月二十七日同人の死亡により同人の配偶者たる訴外岡野婦久及び同人の子である被告等がその共同相続人となつたので当時亡金治郎に対し前記約束手形に基く債権を有していた原告が右債権保全のため、訴外岡野婦久及び被告等に代位して、訴外婦久の持分を十五分の五、被告等の持分を各十五分の二とする前示相続による所有権取得登記をなしたところ、その後同年九月九日被告等が相続放棄の手続を完了するに至つたため、被告等は相続開始時にさかのぼつて本件建物に対する所有権を取得しないことになり本件建物は訴外岡野婦久の単独所有に帰したものであることが認められ右認定に反する証拠は全く存しない。

他面、昭和二十九年十二月七日右手形金債務中金百五万円を消費貸借に改め、その弁済期を昭和三十年七月三十一日とし利息は年一割二分毎月末日払として、弁済期後の元本及び利息に対する約定損害金を一箇月二分とし、訴外婦久は右債務の担保として原告のために本件建物につき順位二番の抵当権を設定し昭和三十年一月三十一日までにその登記手続をなすことの合意が成立したことは当事者間に争がない。

而して被告等代理人は事実摘示のように法律上の意見を述べているが、

被告等は前記相続の放棄をするまでは、被相続人たる亡岡野金治郎の原告に対し負担せる前記手形上の債務を相続により共同負担したものというの外なく、これを前提として原告が右債権保全のため被告等に代位してその持分についての相続登記をなしたのは正当であり、その後相続の放棄がなされたため右相続登記自体が当然無効となるいわれはない。

かえつて被告等としては、右放棄により登記簿上の表示と実体上の権利関係との間に不一致を来したため右相続財産の単独所有となつた訴外婦久に対し、自己の登記名義をこの実体関係に、一致せしむべく協力する義務があるものというべし。

なるほど、相続放棄の場合は放棄した相続人は相続財産について始めから何等の権利も取得しないことになるのであるが、必ずしも相続放棄により相続登記を抹消して改めて残余の相続人により相続登記をやり直す必要はなく、直接右相続放棄を原因として、残余の相続人から放棄をした相続人に対しその持分の移転登記手続に協力方を求めることができるものと解するのが、権利変動の結果を示せば足り、その過程態様が必しも実体関係に適合するを要しないとする登記制度の目的からみて相当であるからである。

被告等はさらに相続登記は被告等の関知しない間に原告がほしいままになしたものであるから被告には登記名義移転に協力する義務はないと抗争するが、本件相続登記は前記のように代位によるものであるから被告等の関知しないのはもとより当然であり所論は代位登記の本質を無視するものというべく、而して、本件は原告が訴外婦久に対し本件建物に関する前示抵当権設定登記請求権を行使する前提として、

右婦久の被告等に対して有する本件建物の持分の所有権移転登記請求権を代位行使するものであるから、

原告の本訴請求は正当として認容し民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決をする。

(裁判官 柳川真佐夫)

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